「神は乗り越えられる試練しか与えない」について本気で考える。人はなぜ悩むのか?


モモカ

「よく、相手を励ますとき『神は乗り越えられる試練しか与えないんだよ』って使うでしょ。」

クマ先生

「そうだね。辛い状況も必ず克服できるから立ち向かっていこう!というニュアンスだね。」

モモカ

「これ間違っていると思う。いつも立ち向かうことが最善の道ではないでしょ。悩んでいる人は、頑張っている人だから。もっと頑張ろう!って言うのはかわいそう。」

クマ先生

「君は、悩みと試練を混同しているようだ。同じことでずっと悩み続けいている人は、まだ試練を与えられていないんだよ。」

モモカ

「え!?悩んでいる人は【神は乗り越えられる試練しか与えない】に当てはまらないってこと??」

クマ先生

「言葉の意味だけで捉えると、そういうことになる。詳しくお話ししよう。」

目次

〔1〕聖書の言葉「神は乗り越えられる試練しか与えない」

〔2〕なぜ「神は乗り切れる悩みしか与えない」と言わないのか?

〔3〕悩みと試練の違い

〔4〕人はなぜ悩むのか?

〔5〕悩むことは生きること

クマ先生からのメッセージ

〔1〕聖書の言葉「神は乗り越えられる試練しか与えない」


君が辛い状況にいるときや悩んでいるときに、こんな言葉で励まされた経験はあるかな?

「乗り越えられない試練は与えないんだよ。」

さらにそれを聞いて、

「そうか。私には、乗り越える力があるのか。諦めずに取り組めば、この問題も解消するってことだよね。」

と、前向きになったこともあるはずだ。

だけど、乗り越えようといくら頑張っても一向に状況が改善しないこともある。それどころか、頑張れば頑張るほど苦しくなる。

すると、

「世の中には、どう頑張っても乗り越えられない問題があるじゃないか。」

という気持ちになってくる。

本当に神は乗り越えられる試練しか与えないのか?

今日はこの言葉の真意について、さらに課題に対しての向き合い方についてお話しよう。

そもそも、この言葉は聖書に書かれている。

あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。

神は真実である。

あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。

出典:新約聖書「コリント人への第一の手紙」第10章第13節

実は長い文章だったんだね。どうやら神様は、試練と同時に逃げ道も用意してくれているらしい。

ここからは、この言葉が正しいかの議論ではなく、試練とは何か?なぜ人は悩み続けるのか?という観点から考えていくよ。

〔2〕なぜ「神は乗り切れる悩みしか与えない」と言わないのか?


言葉の意味を正確に知ることは、伝える側の意図を正確に知る助けになる。

【神は乗り越えられる試練しか与えない】と言うけど【神は乗り切れる悩みしか与えない】と言わないのはなぜだろうか?

もしかしたら、翻訳した人の意図が隠されているかもしれないね。そこで、聖書の原文を確認してみよう。

【神は乗り越えられる試練しか与えない:原文】

he will not let you be tempted beyond what you can bear

※he=god=神

と書かれている。

英語を日本語に変換する作業は、前後の文脈などから翻訳する人の解釈が必要になる。残念ながら僕は、英語の専門家ではない。

そこで、今回は単語の意味だけ確認してみよう。

  • tempted→誘惑する、そそのかす
  • beyond→超える
  • bear→耐える

おや?試練という単語は使われていないね。

試練は「trial」なので、どうやら「tempted」を試練と捉えたようだ。翻訳の際に誘惑を煩悩とし、人々が取り組む試練と発展させたとも考えられる。

さらに、超えるという意味の英語に「beyond」が使われている。なぜ「over」ではないのか。

その理由は、この2つの単語のイメージが微妙に異なるからだ。

  • over→弧をかくように超える
  • beyond→ある範囲を超えたその先

つまり「over」はある物を超えたその先(着地点)が見える。それに対して「beyond」は、その先(着地点)が見えない状態だ。

overは障害物の上を「よいしょ」と超えるイメージ。beyondは枠から抜け出して遠くへ飛んでいくイメージ。

聖書では、

「目先の問題に執着するのではなく、もっと広い視野で物事を見ることができるんだよ。」

そう言いたかったのかもしれない。

〔3〕悩みと試練の違い


次に日本語の意味についても見ていこう。

聖書が翻訳された際に「悩み」ではなく、「試練」という言葉が使われたのはなぜか?

それぞれの意味を調べてみた。

  • 試練→実力・決心・信仰の程度をきびしくためすこと。また、その時の苦難。
  • 悩み→精神的に苦痛・負担を感ずること。そう感じさせるもの。

試練は「試す」「練る」に分けられる。

  • 試す→ためす、試みる
  • 練る→繰り返し手をかけ、質の良いものにする

 つまり試練とは、決心や実力について厳しく何度も繰り返し試すものだ。なんとなく、動的な印象を受けるね。

それに対して悩みとは、苦痛や負担を感じている状態である。ちなみに、悩むにはこんな意味もある。 

1 決めかねたり解決の方法が見いだせなかったりして、心を痛める。思いわずらう。「進学か就職かで―・む」「恋に―・む若者」「人生に―・む」

2 対応や処理がむずかしくて苦しむ。困る。「騒音に―・む」「人材不足に―・む企業」

3 からだの痛みなどに苦しむ。また、病気になる。「頭痛に―・む」「持病のぜんそくに―・む」

4 とやかく言う。非難する。 「御子もおはせぬ女御の后にゐ給ひぬる事、安からぬ事に世の人―・み申して」〈栄花・花山尋ぬる中納言〉

5 (動詞の連用形に付いて)その動作が思うようにはかどらない意を表す。「伸び―・む」「行き―・む」

引用:goo辞典

こちらは、どうしたらいいかわからず進むことができない静的な印象を受ける。

 悩みではなく試練という言葉を使ったのは、動的に対処することを前提としていたのかもしれない。

次に「乗り切る」ではなく「乗り越える」が使われている点について。

これも、2つの言葉の意味を調べてみた。

  • 乗り越える→物の上を越えて、向こう側へ行く。困難などを切り抜けて進む
  • 乗り切る→乗ったままで向こうまで行ききる。困難危機などを切り抜ける

乗り切るとは【切る】が表しているように、障害物を攻略して物事のゴールにたどり着くことだ。

それに対して乗り越えるとは、越えた先に何があるかはわからない。まだまだ旅の途中というようなニュアンスがある。

〔4〕人はなぜ悩むのか?


先ほど解説した言葉の意味からもわかるように、悩むとは、解決の方法がわからず精神的に苦痛を感じている状態 だ。

ここである疑問が湧いてくる。

人間には危険を回避する能力があり、苦痛を避けようとする。さらに、学習能力で1度嫌な思いをしたことは対策を打つこともできる。

それなのに、転職するたびに同じ理由で悩む人がいるのはなぜか?

何度も結婚しては、同じ理由で離婚する人がいのはなぜか?

転職も離婚も最初から望んでいる人はいないだろう。

「今回の経験を活かして、次こそは」

と思って新たな機会に挑戦する。そして、同じ理由で悩む。

なぜ人は悩むのか?なぜ同じことで何度も悩むのか?

明治大学の諸富教授は、著書の中でこう解説している。

人は、自分に起こった出来事に対して悩むのではなく、その出来事をどのように受け取り、考えるかで悩むのです。

自分からパニックに陥るのです。

引用:人生にいかすカウンセリングー自分を見つめる 人とつながる

この考えは、論理療法によるものである。倫理療法の創始者〈アルバート・エリス〉は、

「人が落ち込んだり、腹が立ったり、イライラするのは、不合理で役に立たない考え方があるからだ。」

としている。

エリスは、この不合理で役に立たない考え方を、【不合理な信念】とした。

問題の原因は、出来事ではなく考え方にある。

「こうしなければならない」

「こうあるべきだ」

このような信念が、現実の問題と噛み合っていないと悩み続けることになる。

諸富教授は、不合理な信念が続く原因を次の3つとしている。

①うまくいかない原因を外からの影響と考え、自分の信念を変えないで、外からの事例を変えようとすることが落ち込みを続けさせます。

②うまくいかないのは、過去にそのように両親や学校で教育されたと考えてしまうからです。

実際は、過去にどのように教わったかではなく、自分がいまその信念に固執して自分で選択しているのです。

過去の経験で辛かったことや、現在の生活でつらいことは影響を及ぼすかもしれませんが、いまの落ち込みの原因とは考えられないのです。

③不合理な信念に対して、どうすれば信念が変わるかを一生懸命考え、感じ、行動する必要があります。

いままでの習慣や信念を帰るには、強い意志と努力が必要なのです。

引用:人生にいかすカウンセリングー自分を見つめる 人とつながる

そんなの当たり前じゃん。と思うようなことが書かれているが、実はどれも無意識にやりがちなことだ。

簡単そうに見えて、いざ実行するとなると難しい。だから、みんな悩み続ける。

では、不合理な信念とは、どんな状況なのか。具体的な例を出してみよう。

【①うまくいかない原因を外からの影響と考え、自分の信念を変えないで、外からの事例を変えようとすること】

「職場の上司が毎日嫌味を言ってくるので、仕事をやる気にならない。だから転職しよう。」

「課長は、ちょっとしたことですぐ怒鳴る。私がどれだけ不快な思いをしているか気にもかけない。もっと温和になればいいのに。」

このときの信念は、次のようになる。

「上司は文句を言ってはいけない。上司は部下のモチベーションを上げるものだ。」

「イライラしても、人に当たってはいけない。いつも周囲に気を配り、自分の感情は抑えなければいけいない。

ここで不合理な信念に気づき、どうすれば信念が変わるか考えて行動した例。

「上司も人間だし、文句を言いたくなるものだ。上司に頼らず仕事のモチベーションを上げる方法を考えよう。」

「いつも周囲に気を配ることだけが良い人の条件なのか?人に当たるのはよくないけど、課長もプレッシャーを感じているのかもしれない。もう少しコミュニケーション取ってみよう。」

【②うまくいかないのは、過去にそのように両親や学校で教育されたと考えてしまう】

「母親から『いつも笑顔で人には親切にしなさい』と言われ続けた。だから、私は弱音を吐くのが苦手で人に頼ることができない。」

「小学校の先生は『あなたが友達を作れないのは、相手の気持ちをわかろうとしないからだ』と言った。今でも人と会話するときに、自分が空気を読めていない人間のようで不安になる。」

このときの信念は、次のようになる。

「自分の気持ちより相手の感情を優先しなければならない。困っている人は、いつも率先して助けるべきだ。」

「友達がいないのは悪いことだ。人と関わるときは、相手の気持ちを理解しなければならない。」

①と同じように、不合理な信念に気づき、どうすれば信念が変わるか考えて行動した例

「常に相手の感情を優先させなくてもいい。私が助けられないときは、誰かにお願いしてみよう。」

「友達が少なくても自分には価値がある。相手の気持ちを全て察するのではなく、疑問が浮かんだときに確認しよう。」

どうかな?

具体例に当てはめてみると、意外と自分が不合理な信念を抱えていることに気づく。人が同じことで悩み続けるのは、自分の信念を変えられないからなんだ。

〔5〕悩むことは生きること


心理学者のアドラーは、人間の悩みは全て対人関係にあるとした。

どんな状況も本人が望んでいるから、その現実があると考えた。つまり、人は人との関係で悩みたくて悩んでいる、ということだね。

【お金がない】という問題も、その原因は

  • 仕事が続かない
  • 浪費グセがある
  • 養ってくれる人がいない

と考えれば、認めて欲しい気持ちや人と親密な関係を築けないという対人関係につながる。

ここでもう一歩踏み込んで考えてみよう。

諸富教授は、人は問題をどう受け取るかについて悩む。解決するには、不合理な信念に気づき、それを変えていくことだと言った。

「外側の要因や過去に人から教えられたことに執着するのではなく、自分の考えを修正していこう。」

ということ。

アドラーは、人間の悩みは全て対人関係にあると言った。であれば極端な話、人の悩みは全て自分についてということにならないか?

「人は、自分について悩みたくて悩んでいる。」

つまり、自分で自分についての問題を作り、解決しようと試行錯誤しているわけだ。

だとしたら、神は乗り越えられる試練しか与えないという言葉は、すごく当たり前のことを言っているように感じる。

悩み続けるのは、うまくいかない理由を外側の要因や過去の人に焦点を当てて、自分の考え方を変えないから。悩みの意味は、方法がわからなくて苦痛を感じていることだ。

それが、自分の考え方を変える行動に移すと悩み試練に変わる。試練の意味は、考えたことや実力を厳しく何度も試すことだ。

乗り越えた先に、何が待っているかはわからない。人生は、1つ問題を乗り切ったら終わりではない。

自分が作り出した自分に対しての悩みを、試練に変えて乗り越えていく。それ自体が生きることだと言われている気がしてくる。

クマ先生からメッセージ


最後に今日のお話をまとめよう。

  1. 神は乗り越えられる試練しか与えない は聖書に書かれている言葉。前後の文脈も含めて読むと面白い。
  2. 神は乗り切れる悩みしか与えないと言わないのは、目先の問題に執着するのではなく、もっと広い視野で物事を見ることができるという裏メッセージがあるから。
  3. 悩みの意味は、その場で足踏みする静的なイメージがある。試練の意味は、様々な方法を繰り返し試す動的なイメージ。
  4. 人は、自分に起こった出来事に対して悩むのではなく、その出来事をどのように受け取り、考えるかで悩む。
    問題に適合しない、不合理な信念を変えることができないから悩み続ける。
  5. アドラーは、人の悩みは全て対人関係にあると言う。
    人を通して自分の考え方と向き合い、新たな価値観を習得すること。それ自体が生きることにつながるのではないか。

人は、突然道に迷う。それまで順調だと思っていた生活が、ふいに暗闇に包まれることもある。そこに、どう意味付けし、価値観を増やしていくかは自分次第だ。

すぐに心の整理をつけられることもあるし、何年も別の考えが受け入れられないこともある。

だからこそ、人は集団で生活しているのではないだろうか。自分と違う考えを外から取り入れることで、新たな道が見えてくるからだ。

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